AI 導入で開発速度は5倍に。それでも事業が伸びない3つの原因
執筆者
Rui Onodera CTO
1年前は2週間かかっていた開発が、今は AI を使えばたったの2日で終わります。
私は複数の組織の AI 導入に関わり内側からその効果を見てきましたが、開発速度の向上については程度の差こそあれどの組織でも再現しています。
紙芝居レベルのプロトタイプなら1時間かからないどころか、ミーティング中に作って見せてしまうこともできます。動きのあるものでも半日から1日。新しいプロダクトでも、AI 開発に習熟したエンジニアが1人いれば、3日で動くものに触れます。以前は2週間のスプリントで1人あたり1〜2機能できあがればいい方でした。比較すると、堅く見積もっても3〜5倍です。
すぐにデモを見られるようになった。リリースの回数も増えた。それなのに、月次の売上は思ったほど伸びていない。そういう会社の方が多い、というのがもう一つの事実です。このことは、AI 投資を決めた経営者や事業責任者ほど、日々感じているのではないでしょうか。
なぜ、開発はこんなに円滑に進むようになったのに事業は伸びないのか。各現場で共通している原因は3つです。その根本を辿ると、どれも同じ問題に行き着きます。
原因1: 必要のないものまで、爆速で作ってしまっている
これまでのソフトウェア開発では、作れる量はエンジニアの人数と時間で決まっていました。そこに新機能だけでなく、バグ修正、顧客問い合わせ対応、セキュリティ修正などのタスクが無数に積まれていました。そのため依頼する側は、「これは本当に必要か」と依頼する前に問い、必要な場合は依頼の範囲を限定し、さらに優先順位をつけて開発に渡していました。
この規律を強いていたのは、エンジニアの人数と時間の不足でした。
思いついたら AI がすぐに作ってくれる世界では、この規律を強いられることがなくなりました。結果として検証されていないアイデアがそのまま作られ、リリースされ、誰にも使われないまま残される。その後に待っているのは保守コストとセキュリティリスクです。作るのが早くなった分、無駄になるのも早くなりました。
私が関わる組織の一つで、こんなことがありました。社内業務の効率化を掲げて、エンジニア4名が2ヶ月間、AI 開発ツールを駆使して思いつく限りの業務アプリケーションを開発しました。動くものは次々にでき、見た目のデザインも整っている。デモのたびに「これはすごい!」「これからは AI で爆速開発だ!」と盛り上がりました。
ところが、実際の業務に定着したアプリケーションは一つもありませんでした。
振り返ると、「まず作って、動くものを見せながら直す方が早い」という、もっともらしい空気が改善チームにあったように思います。必然的に業務の聞き出しと整理は後回しになりました。どこを自動化して、何を人間の業務として残すべきか。そしてこの整理を誰が担うのかは決まっておらず、最後まで宙に浮いたままでした。
この組織では、開発の進め方を変える決断をしました。宙に浮いていた業務の聞き出しと整理には、エンジニアとは別に、専任の担い手をチームに加えました。そのうえで、現場が毎日使っているスプレッドシートを基に、作るものをまずは契約管理ひとつに絞り、それ以外は一旦作らないという方針です。出来上がったものから順に業務担当者に使ってもらい、フィードバックを受けてその場で直す。この繰り返しで、現在では契約管理と請求書受領の2つのアプリケーションが、基本的な機能ながらも業務に定着しています。
変えたのは AI でもエンジニアでもなく、「何を作るか」と「何を作らないか」の決め方です。
原因2: ボトルネックが、もう開発ではない
ボトルネックは、解消しても消えません。別の場所へ移るだけです。製造業で古くから知られてきたこの法則が、今ソフトウェア開発の現場でも起きています。
開発の中では、ボトルネックは実装やテストから、要件定義、仕様への落とし込み、検収へと移りました。そして会社全体を俯瞰すれば、もはや開発はボトルネックではありません。解決すべき課題を特定し要件に変える部分や、作ったものを現場や顧客に届けて成果に繋げる部分がボトルネックになっています。つまり詰まっているのは事業側です。
開発速度は5倍になった。それでも事業は伸びないまま。だからといって、AI 投資が間違っていたわけではありません。投資によって開発の詰まりが解消された瞬間に、ボトルネックが事業側へ移ったのです。この変化に気づいて、次の打ち手を事業側へ移すと決められるか。それが AI 投資を成果に結びつけられるかどうかの分水嶺です。
原因3: AI で生まれた時間の行き先を、決めていない
AI の導入が進むと、職種を問わず時間の余剰が生まれます。この余剰時間を放っておけば、例えばエンジニアなら、原因1の「必要のないもの」の開発に流れ込んでしまいます。
成果を出している組織は、余った時間を何に使うかを決めています。ある組織ではエンジニアの余った時間を、プロダクトの企画やシステム利用状況の分析、顧客の導入支援に回しています。どれもこれまでは開発を優先し、手をつけられずにいた領域です。別の組織では、エンジニアではない事業責任者が、AI でサービスサイトを作り直しました。
エンジニアは課題を見つける側へ、事業側の人はものを作る側へ踏み出しています。どちらの組織も、余剰時間を職域の重なりを広げる方向に使っているのです。
この職域の重なりは、自然には広がりません。職種の垣根を取り払うと決めた組織にだけ、生まれます。
AI は決めてくれない
何を作り、何を作らないか。打ち手をどこへ移すか。生まれた時間を何に使うか。3つの原因の根本は、すべて意思決定に行き着きます。
AI が実行を担うほど人間に残る仕事は、どこへ向かうかを決めて責任を取ることに寄っていきます。成果の差を分けていたのも実行の速さではなく、決めているかどうかでした。
生産性は、AI を導入するだけで上がります。しかし事業が伸びるかどうかは、新たに生じる問いに組織として答えを出せるかで決まります。